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2009年6月12日 【シンガポール】
「あこがれの国 後編」

フランシス 陽子

 3~4年前の当時から比べて今のインドは別世界である。街並も綺麗になり、日々新しいものや考え方が外国から入って来て、インドの町を賑わしている。でも、まだまだ多くの人がそんな事を知らずにいるし、実際、知り得ない所で生活している人も沢山いる。例えば今年3月に行われたアカデミー賞をきっかけにインドの映画「スラムドッグミリオネア」が話題になったが、これもまた、この繊細な問題を浮き彫りにした。


   この映画に関して今もメディアを賑わしているのが、スラム街に実際住んでいる子役の男の子。授賞式後のインタビューでは、「映画を撮影していた時はエアコンのある屋内で快適に眠ることが出来たが、今はエアコンのない汚い所で寝なければならない」などと答えていた。更に最近のニュースでは、彼の住んでいたスラム街が政府によって撤去され、住民が路上に追いやられた、というではないか。マハラーシュトラ州政府は彼の家族に家を与えると言ったのに、それが実現されないまま彼の暮らしは更に厳しいものとなっている。

  さて、こんな話をニュースで観る私達日本人は「かわいそうに」と思うに違いないが、実際このスラム街を自国の一部として見ているインド人はどう感じるだろうか?まあ、かわいそうにと感じる部分もあるかもしれないが、映画からも見えるように、スラム街にはスラム街のルールがあり、生活があり、人生がある。かわいそうにと思ったら逆に大変なことになる。何故なら、あの映画のような暮らしをしているインド人が、今でも大勢いるからだ。ムンバイのスラム街はインドで一番大きいとされているが、その他各地にもスラム街は存在する。私のヒンズー語の先生はマハラーシュトラ州出身で、ムンバイにも沢山親戚がいるが、彼女に言わせるとスラム街は「別世界」である。この「別世界」という言葉、決して差別的な意味のみで使っているのではない。上手く言えないが、私達の生活があるように、彼らの生活もあるということだ。例えば、スラム街が出来た経緯には宗教上の争いがあったり、カースト上の問題があったりするわけで、この街を切り崩すのは容易ではないということである。スラム街とは言うが、繊細な街である。

  映画の最後にみんなで踊るシーンがあり、これがスラム街のイメージに合わないというコメントを某日本のウェブサイトで見た。ふむ、ここがインド映画のひねりである。インド映画には数多くのダンスシーンがあるが、これはただ踊っているのではない。ダンスで彼らの夢や希望を表現しているのである。どこに住んでいても、夢があり、希望がある。そんな憧れをいつも心の励みにし、エネルギッシュに生きているインド人は、ある意味日本人がお手本にしなければならない部分かもしれない。

  フライトで会った彼にとってはシンガポール、でも私にとってはインドが「あこがれの国」である。そんな国を相手にビジネスが出来ることをいつも夢見ている。私が感じることは、外国でビジネスをしたいなら、その国に興味を持つこと、知ること、愛すること。どうやって儲けるかも現実問題としてあるが、まずその土地で腰を落ち着けて5年は暮らす覚悟が必要であると考える。例えばシンガポールで起業する場合、大抵のビジネスに利益が付いて来るのは少なくても2~3年後からと言われている。それを考えると、辛抱強く、でも楽しくその土地で暮らせることが前提にないとちょっと苦しい。市場選びは落ち着いてすることである。



 




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