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2012年1月16日 【ベトナム】
ベトナム医療体験③

Brain Works Asia co.,Ltd
田口 秀一


前回は、日曜日にインターナショナルホスピタルで採血し、
その際にひどい目にあったことをお伝えした。
今回は、その後の入院体験を記したい。

翌日の月曜日、私の症状はだいぶ軽減していた。
理由はよくわからないが、熱も下がり、頭痛や筋肉痛も軽い。
ようやく快方に向かったかと思いきや、その夜、私の症状は急激に悪化した。
熱は再び39度を超え、激しい頭痛と筋肉痛もぶり返した。
妻は今度こそ入院すべきだと言い、その勧めにしたがって近くの救急病院に駆け込んだ。
今度は見事、入院を許可された。

私が入院したのは完全なローカル病院である。
その中の4人部屋に入ることになった。
4人部屋といっても、病人は私とベトナム人の老婆のみ。
あとの2人は、老婆の付き添いの中年女性と、私の妻である。
ベトナムでは、誰かが入院すると、 その家族が1人は付き添うのが普通のようだ。
満室の場合、付き添い人は床や廊下に寝るらしい。
この日はベッドに余裕があったので、付き添いの2人もベッドに寝ることができた。


ここから苦難の一夜が始まった。
私に与えられた寝床は、
金属製のベッドに5cm程度の厚さのマットが敷かれただけの簡素なものである。
そのマットも、破れたものを継ぎはぎしていて、
丁度肩に当たる部分が継ぎ目になっている。
寝ていると痛くて仕方がない。
ただでさえ私は、ひどい筋肉痛なのだ。

しばらく我慢したが、耐えきれなくなり、 妻のベッドと代わってもらった。
妻の方は破れておらず、継ぎ目がなかったのだ。
それでもやや硬かったが、これ以上はどうしようもないと諦めた。

次の苦難は暑さである。
この部屋には空調など当然のようにない。天井で扇風機がゆっくり回っているだけだ。
それも回転が遅く、まったく涼しくない。
ベトナム人の中年付き添い女性も耐えかねているのか、ずっと寝ずにうちわで扇いでいる。
しかし、これも我慢するしかない。

更に電灯である。
なんと、一晩中電気を付けっぱなしにしているのだ。
病院にもかかわらず、消灯時間というものはないらしい。
なぜ消さないのかと妻に聞いてみた。すると、消すと危ないと言うのだ。
何が危ないのか。点滴である。

ローカル病院では、看護婦(看護士)が定期的に見回りなどしてくれない。
よって、点滴の終了を自分でチェックしなければならないのだ。
点滴が終わって、そのままにすると空気が入ってしまう。
電気を消すと、それが見えないので危ないと言うのだ。
これで本当に医療事故が発生していないのだろうかと、大いに不安になる。

最後は、トイレである。
ご丁寧に室内にトイレがあり、最初は、なかなかよくできていると思った。
しかし、4人部屋にも関わらず、そのドアは閉まらない。
カギが壊れているなどではなく、建付けが悪くて閉まらないのだ。
室外のトイレに行こうと思うと、入口が施錠されていて入れない。
部屋のトイレで用を足すしかないのである。

この室内トイレには、更に問題があった。
部屋には4つのベッドがあるのだが、部屋の大きさに無理があり、
ベッドがトイレの入口を1/3くらい塞いでしまっているのだ。
私が点滴したまま入ろうとすると、点滴の台の脚がそこを通らない。
点滴のみ取り外して入ると、今度はトイレの中に点滴を吊るすようなフックがない。
やむなく、点滴の台を持ち上げ、ベッドの上を越して持ち込もうとするのだが、
この点滴の台が金属製なので非常に重い。
片手は点滴の針を刺しているので、使えない。
病人の私が片手で持ち上げることはとてもできなかった。

仕方なく、妻に手伝ってもらった。
一人では、おちおちトイレにも行けないようだ。


デング熱になったら、とにかくたくさん水を飲むのが良いらしい。
代謝を促進するためなのか、理由は定かではないが、どの医師も口を揃えてそう言う。
よって、喉も渇いておらず、お腹も一杯だが、無理矢理何度も水を飲む。
更に点滴もしているせいか、入院中はとにかく頻繁にトイレに行きたくなる。
しかし、先に述べた通り、トイレに行くには大変な労力がかかるのだ。
私は、その度に妻に起きてもらい、手伝ってもらった。


こうした一連の事情で、やはりこの晩も一睡もできなかった。
点滴があることを除けば、自宅の方がよほどマシである。


翌朝6時くらいに、女医がやってきた。 ちょうど妻は席を外している。
そして、私に話しかけ、ベトナム語が通じないことを知ると、
突然、かん高い大きな声で怒鳴り始めた。

私は女医に英語で話をしようと試みたが、どうやら英語はできないようである。
ベトナムのローカル病院では、 医師に英語が通じないことは多いらしい。
私も疲れ果て途方に暮れていると、ようやく妻が帰ってきたので話を聞いてもらった。

要は、その女医は、なぜ日本人の私がこんな病院にいるのかと怒っているようだ。
そして、今すぐ別の病院に行けと言い始めた。
この病院には辟易していたので、転院は大歓迎である。

すぐさま手続きが行われ、私はより大きなローカル病院に行くことになった。
発症して間もないあの日、たらい回しにされた挙句、
適当な検温をされただけで帰された、あの病院である。


この後、私はベトナムで初めて救急車に乗り、転院することになる。
時間は朝の7時を回ったころであった。

ちなみに、この病院への1泊分の入院費用は20万ベトナムドン(約740円)であった。
安いなりの医療サービスといえるのかもしれないが、もう懲り懲りである。



次回は、ベトナムの救急車体験と病院での入院体験をお伝えしたい。



 




 


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